実況芸

SESSION 12

神田伯山清野茂樹

清野さんは有言実行する人なんですよ。

この実況芸イベントも今回で12回目です。

神田伯山: いやー。すごいですね。

このシリーズの原点というか、伯山さんが神田松之丞だった時代に主催されたイベント(2016年10月6日、文京シビックホール 小ホール「10・6 プロレスx講談の夕べ」)に清野さんが呼ばれて共演したという話がよく出てくるんです。

清野茂樹: あれは2016年なんで、かれこれ5年前です。そのときはそれぞれの持ちネタをやって、途中に大槻ケンヂさんと夢枕獏さんのトークショーをやって、みたいな感じだったんです。

伯山: 対決というよりチームプレイみたいな感じでしたね。そのときに最後に僕がやった話をテンカウントゴングを打って封印した。そこに向かってイベントを作っていったんです。あれも僕のなかでは斬新な体験で、僕は楽しかったです。でも、もうずいぶん昔に感じますね。隔世の感がある。

清野: 伯山さんはそもそもお名前が変わりましたからね。お子さんも産まれて。真打になり、父親になり。

伯山: 確かに。ターニングポイント感がすごいですね。

清野: 僕は何にも変わってないですよ!(笑)

伯山: いやいやいや、実況芸をこんなに続けてこられて。

清野: でも、それくらいですよ。

伯山: 世の中って有言実行しない人が多いんですよ。清野さんは実際に「やる」じゃないですか。それ、できる人はほとんどいないですよ。落語とか講談とか、フォーマットがあるならまだしも、まったくのゼロから立ち上げて、いろんな人とコラボして。今回も私とやっていただくとかね。しかもお客さんも喜んでいる様子をずいぶん動画でも見ましたしね。新しい実況アナウンサーのやり方をされてるなと思います。

伯山さんは、5年前のイベントに呼んだ時点から清野さんの存在に注目をしていたんですか?

伯山: そうですね。僕は単純にプロレスが中学時代からずっと好きで見てたんです。講釈師になってここ何年も見れなくなってたんですが。プロレス番組で清野さんの実況を見たとき、やっぱりパーソナリティが面白いと思ったんですね。普通の実況の人って、あえて自分を無色透明にする人も多いじゃないですか。ただ、プロレス実況は色を出す人が多いかな。古舘(伊知郎)さんや、辻(よしなり)さんもそう。プロレスの実況アナは特殊なのかもしれない。プロレスラーを食ってしまおう、みたいな人すらいる。そういう野心があるのって面白いじゃないですか。

清野: 確かに。

伯山: 普通の実況じゃしちゃいけないことをプロレス実況はしていい、みたいなところがある。もうひとつ言えば、清野さんはキー局のアナじゃなくフリーじゃないですか。でも「俺のほうが絶対優ってる」とか「今に見てろよ」みたいな反骨精神って、すごくかっこいいし、人としても面白いなと思うんですよ。清野さんはしゃべりも面白いし、知識でも圧倒するし、愛情もものすごい。さらにそこにかまけず、常に更新されてるので、単純にすごいひと、面白い人という認識があります。確か、あのイベントの打ち上げの席だったかな? 「僕ね、実況芸をやりたいんですよ」って話をされたとき、「僕の稼ぎは今、これくらいなんですよ」と具体的な数字をいきなり僕に言ったんですよ。

清野: ちょっと違いますよ!(笑)確かに言いましたけど、あのときは伯山さんに収入を聞かれたから答えたと思うんです。

伯山: いやいや、清野さんにいきなり年収なんて聞かないですよ(笑)

清野: え、そうでしたっけ?

伯山: 僕も自分の記憶を書き換えちゃう前田日明的なところがありますけど(笑)、「十分に稼いではいるけど、このままただのアナウンサーでは満足できない」という言い方だったと思います。

清野: ああ、それは確かに言ったかもしれない。

伯山: もっと突破していきたい。もっともっと他のアナウンサーにはできないことをやりたい、というその反骨心が面白かったですね。

いわゆる矢沢永吉の「成りあがり」精神ですね。

清野: まあ、お酒が入っていたんですね。酒は怖いですね(笑)

伯山: はっきり覚えてますよ。そういうこと普通のアナウンサーは言わないから(笑)

清野: でも、僕からしたら「え? それって普通じゃないの? みんなそう思ってるんじゃないの?」って感覚なんです。

伯山: 清野さんの場合は、そういうところも全部エンターティンメントとして見せよう、みたいなところがある。見せ方がお上手なんですよ。それはやっぱりプロレスをファンとしてずっと見てるからですかね?

清野: あー、プロレスラーの生き方が当たり前だと思ってしまってるのかもしれないですね。

伯山: そうなんですよ。そういうのが奥にあって、自然と表に出てるのかもしれない。

2021年はCSテレ朝チャンネルの番組で共演した神田伯山と清野茂樹

僕は一流の方にこだわってます。

だからこそ、アナウンサーとしての仕事の幅を増やすとかじゃなく、むしろ実況そのものを極める他流試合である実況芸に向かうんでしょうね。実況の限界を実況で突破するという発想もプロレスっぽい。

伯山: そうですよね。

清野: 興行が好きっていうのもプロレスラーがモデルですね。レスラーは団体を興して、自主興行をやるじゃないですか。自分でポスターを貼りに行ったり、チケットを売ったりして、最終的には自分がリングに上がって試合をする。そこのお手本は他のスポーツじゃない。自分でステージ作って、出演者も交渉するのは当たり前でしょ、という感覚はプロレスラー譲りです。

伯山: そういう意味でも、このイベントを12回もやられてるのはすごいなと思います。だって、コラボしてきた人たちもすごいじゃないですか。

清野: 実はその道の一流の人にこだわってるんです。

伯山: それがすごいですよ。落語も(春風亭)一之輔師匠(第1回/2018年2月16日)ですよね。

清野: 紙切り芸のときも(林家)正楽師匠(第6回/2019年8月20日)でした。

伯山: 正楽師匠を選ぶ突破力もすごいですよね。清野さんだと突破して依頼できちゃう。正楽師匠は、とんでもない化け物じゃないですか。

清野: とんでもなかったです! わかってはいましたけど目の当たりにしたら、本当に超一流だと思い知らされました。

ビートルズの『アビー・ロード』も切られてましたからね。

伯山: なんでも切るんです。世界に誇れる一流ですよ。

清野: 当日その場で切る分と、事前に切ってきていただく分があったんですけど、どれくらい用意して来ていただけるのか確認しようとしても教えてくれないんですよ。「わかんない」って言って。自分で切ってるからわかってるはずなのに。

伯山: 美学なんですよ。そこ昭和プロレスっぽいじゃないですか。

清野: あー、そうですねえ! それで、当日蓋を開けたらすごい数を切ってくださっていて、それを出すという。

伯山: プロ中のプロですね。

清野: そうなんです。だから、講談で、ということになったら、やはり伯山さんにお願いしました。

伯山: まあ、そこは昔のよしみもありますし、これで違う講談師の方が出てたらビックリしますよね(笑)

清野: いや、でもこういう対外試合は真打になったらやらないものなのかなと思ってもいたんですよ。お願いするのが失礼かも、実はダメ元で申し込んだ感じでしたよ。

伯山: そうですか? 僕はオファーを受けてすごくうれしかったし、単純にすごい楽しみですよ。清野さんのお客さんにどう反応していただくのか。清野さんとの掛け合いもありつつ、最終的には清野さんにトリをとっていただくので、そこの芸が聞きたいなと思ってますし。僕が5年前にイベントで聞いた実況芸も素晴らしかったですけど、あれからいろんな方とコラボしてこられて、全然また違うものも見せてくれるんだろうなという楽しみが先に立ってます。

清野: 僕はちょっとディフェンスの意識が甘いんでしょうね。失敗したらどうしようとか、こういうことをやると名前に傷がつくとか、あんまり考えないんですよ。僕はちょっと抜けてるところがあるんでしょうか?

伯山: そこはプロレスに学んでるんじゃないですか? どっちに転んでもいいという。

清野: (アントニオ猪木の名言で)「迷わず行けよ、行けばわかるさ」。

伯山: それが清野さんの背中にあるんでしょうね。

今回は電子チケットのみだが、来場者には記念として紙のチケットも用意されている

今回、清野さんは伝説化する可能性がありますよ。

5年前は芸として絡むことはなかったそうですが、今回は、清野さんの実況芸なので、お二人の話芸が混ざるわけですね。

清野: そうです。今回は伯山さんの「(寛永三馬術) 出世の春駒」という講談に実況を混ぜようと思っていて。話自体がすごく面白いんですよ。

伯山: あれは史実に基づいてるんですよ。もちろん脚色はいっぱい入ってるんですけど、愛宕神社にある86段の絶壁階段である「出世の階段」を曲垣平九郎という主人公が登って行ったのも事実なんです。まあ、講談では86段じゃ弱いんで、数を足して186段にしちゃったとか、そういういい加減さとかも含めて全部が講釈っぽくていいんです。しかも、清野さんは話の現場である愛宕神社にも行かれたということで、あの石段のすごさを清野さんが実況芸として表現していただくと、どれだけお客さんの頭のなかに臨場感として描かれるのかなと想像するのが楽しみで。だから、あのネタにしたんです。

清野: まだプランはしてないですけど、考えてます。

伯山: これは本当なのかわからないんですが、かつてNHKのラジオで初めてライブで中継されたのが、「出世の春駒」に出てくる石段を上がっていくさまだったそうなんですよ。そういう謂れも含めて、このネタ以上にふさわしいものはないんじゃないかな。

なるほど。初めてラジオで行われた「実況」というところにもつながってくる。

伯山: まあ、それも尾ひれ羽ひれくっついてるかもしれないですけどね。清野さんにはピッタリと判断しました。

清野: 毎回やってはいることですけど、できあがってる講談を崩す必要はないのかもしれない。でもまあ、そこがオリジナリティというか、他の人がやらないことをやれたときのほうが達成感があるんですよね。

伯山: 当日は、このお話を知らないお客様も多いと思うので、まずは一回、通して普通にやります。そして、私と清野さんでコラボする。お互いに話を渡し合うわけですけど、その渡すタイミングは決めてないんです。そこはアドリブです。

なるほど。

伯山: 僕らは筋で覚えてますから、いきなり清野さんに(変更された話を)渡されても、次が出にくいと思うんです。それがドキドキハラハラするし、清野さんにもどこで僕から渡されるかわからない不安感がある。そこらへんが非常に面白く活きたらいいなと思ってますね。

「出世の春駒」に登場する愛宕山の石段は今も残る

もともとのシリーズが生まれる原点にいらした伯山さんの登場は、まさに真打登場と言える感じです。

伯山: いやいや、とんでもないですけどね、とにかくがんばります。チケットは完売したそうなのでよかったです。

清野: すぐ無くなりましたから!(笑)最初に僕の持ち分をラジオ番組で宣伝して受付したんですが、ほとんど男性客でした。伯山さんが残り半分を受け持たれたら、そっちは女性客がほとんど。

伯山: そうでしたか。じゃあ、ちょうどバランスがいいですね(笑)

清野: ぜんぜん違うんですよ。

伯山: そこも面白いですね。僕も清野さんに魅力を感じてるから出るわけですし、僕のお客さんも普通に講談やるのとはちょっと変わってるところを見たいというようなニーズもあったので、そこともピタッと当てはまったのかなと思います。イベントの最後は清野さんに締めくくっていただきますしね。

清野: 最後は古舘伊知郎さんの話をしようかなと思ってまして。

伯山: それがまた面白いじゃないですか。

清野: いや、伯山さんに話すたびにすごく面白がってくれるから。僕からしたら普通の話なんですけど。

伯山: いや、古舘伊知郎さんの話を喜んでする人って残念ながら絶滅してて、この世に清野さんしかもういないと思うんです。

清野: あっはっはっは! 確かに僕も会ったことはないです。

伯山: 世間ではTwitterで古舘愛を小出しにして発信とかするじゃないですか。でも清野さんはそういうところでは古舘さんのことは言わないわけですよ。古舘伊知郎について溜めに溜めた愛をバン!って今回は話芸として放出する回になるわけですよ。特に古舘さんが来場されるわけでもないのに、やるという。最高じゃないですか。ニーズがないところにニーズを獲得していくのがかっこいいわけですから。おそらく古舘さんには興味がないであろうお客さんたちがちょっと興味を持つというその奇跡が起こるかどうか。

清野: すごいハードルですね(笑)

伯山: プロレス愛=古舘伊知郎愛、なんですか?

清野: うーん、プロレス愛をたぶん超えてるんじゃないかと思います。

伯山: それはすごいですね! このイベント自体が貴重な資料になるかもしれない。人類でこんなに古舘伊知郎を好きな人がいたという。

清野: どうなるかわかんないですね、初めてお客さんの前でする話だから。

人に見せる芸じゃないと思われていたということは、道場での練習から発展したUWFの関節技みたいな?

伯山: お客さんの前でしたことないっていうのがすごいですよ。ここまで出さないできて、それを私との会で出してくれる。最高のシチュエーションじゃないですか。大爆発するでしょうね。

清野: こんなに期待されるのがわからないんですよ(笑)

伯山: でも、愛情ってそういうものじゃないですか。講釈もそうなんですけど、その人が熱量を持ってしゃべってることはだいたい面白いですよね。「この人、こんなにこれが好きなんだ」ってわかるだけでチャーミングに見えるし、熱量ってすごく大事なことなんです。だから今回は聞き逃せないですよ。しかし、なんでまたこの令和3年の大詰めにこの話をしようと清野さんは思ったんですか?

清野: いやまあ……伯山さんが面白がってくれるからですね。

伯山: あ! そうなんですか。ネタでもそうなんですけど、やる前は「これつまんないな」と思ってても、やってみてウケるとすっごい好きになるんです。(柳家)小三治師匠の「小言念仏」なんかもそうです。TBSのプロデューサーに勧められてやってみたら生涯に残るネタになった。自分で「これはすごい面白いのに!」って思ってやるネタはいまいち伝わらなかったりするのに。私の経験上でもそれはあるので、清野さんにとっての「古舘伊知郎」は小三治師匠にとっての「小言念仏」になるんじゃないかと思いますけどね。

清野: じゃ、そうであることを願ってます。

この対決これまでやってきて、清野さんと芸を作っていく局面はいつもありましたけど、清野さん自身の内面がここまでゲストの方に引き出されるパターンはなかったかもしれない。 

伯山: ああ、それは僕が清野さんのことが好きだからですね。とにかくうちのカミさんも清野さんのことが大好きで。

清野: そうなんですよ。伯山さんの奥さんは、僕の数少ない理解者だと思ってるんです。

伯山: 清野さんがする古舘伊知郎さんの話は本当に大好きですからね。カミさんも古舘さんのことがそんなに好きな人を見たことないから(笑)。ウチは夫婦で清野さんのファンなので。今回クローズドな環境で行われる古舘伊知郎さん話がどれだけ跳ねるか。伝説化する可能性もありますね。あと、さんざん古舘伊知郎さんの話を冗談で言ってますけど、私も大好きですよ(笑)。大きい意味で同じ古舘姓の佐賀の唐津の遠縁だと思うので許して欲しいです。しかし面白い、古舘さんの話は「芝浜」みたいに古典になりますよ。

清野: いやー、そんなに面白いかな…(笑)

 

2021年11月25日 東京都港区 テレビ朝日にて収録
司会・構成/松永良平

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