おもしろそうな依頼なら断りませんよ。
正楽師匠と清野さんのつながりはいつから?
清野茂樹(以下清野): じつは、まったくなかったんですよ。
林家正楽(以下正楽): ぜんぜんない。こんな人がいるとは思わなかったねえ。
清野: もちろん(紙切り芸の名人としての)存在は存じ上げていましたけど、まったく接点も何もなく。きっかけは『東京かわら版』という演芸専門誌の編集長をされている佐藤友美さんが寄席のガイドブック(『ふらりと寄席に行ってみよう』)を出されて、それを一冊いただいたんです。それをパラパラとめくってたら、紙切りの正楽師匠に目が留まりまして。「僕、正楽師匠の紙切りと実況のイベントやりたいんですよね。ご紹介していただけないものでしょうか?」と佐藤さんに言ったら、「いいですよ」とその場でご返事いただいて、「じゃあぜひ!」とお願いしました。そしたら師匠のほうからもご快諾いただいて。それが6月の話です。
わりと最近ですね。
清野: そうなんです。突然ご連絡したので師匠もびっくりされたと思います。「なんなんだ?」って(笑)
正楽: そりゃ思いますよね。「清野さんっていう実況中継をする人なんですけど」って佐藤さんには言われたけど、「実況中継の人」って言われてもなにもわかんないからね(笑)
清野: その人と舞台で何か一緒にやるっていうのが結びつかないですよね。
実況中継というもの自体はスポーツなどでご存じだったとは思うんですけど。
正楽: 昔は、ラジオを聞いてると「架空実況放送」みたいな番組をやってましたよね。戦国時代の合戦とかね。そういうのかな? と思いました。
清野: そういうイメージのことを人前でやるというような説明を電話口ではしたんです。「はたして通じてるのかな」と思いつつ。
正楽: まだわかってないですね。当日になんないとわかんないかも(笑)
清野: でも、師匠は「はい、わかりました。どうぞどうぞ」って感じでOKしてくださったんで、よかったなと思いました。
そこは師匠は「来るものは拒まず」的な態度だったんでしょうか?
正楽: それが、おもしろそうであればね。本当は、来るものは拒みますよ。なんか怖そうなものとかね。やなものはやだから。
つまり、清野さんからの依頼は、おもしろそうだったんですね。
正楽: そうそう。
清野: それで、6月の終わりだったんですけど、上野の鈴本演芸場に師匠の出番を見に行きました。そこで紙を切られてるのを見て、やっぱり「即興で紙切りをされるのは実況に近いな」と思いましたね。そのときも客席から来日したばかりの「トランプ大統領」とか旬なお題が来てましたけど、ひとり「隅田川!」ってリクエストをしたお客さんがいらしたんですよ。「隅田川って、すごくぼんやりしたお題だし、どうするんだろう?」と思ってたら、それもサーッっと切られて。僕も何かを実況するとき、やりながら次をどうしようか考えるわけでしょ。でも、とりあえずしゃべらないと話にならないから、しゃべる。その感覚に近いなと僕は勝手に思ったんです。これは何か一緒にやれそうだなと。
正楽: それはそうなんですけど、私は切りながら頭の中で考えてるでしょ? (実況は)しゃべりながらだからすごいよね。
清野: でも、僕らはしゃべりっぱなしじゃないですか。口に出したらそのままパーッと消えていくし、かたちに残らない。だから気楽なんですよね。でも、紙切りはかたちとして残る。あれはちょっと大変だなと思いました。
ちなみに「隅田川」はどういう切り絵に仕上がるんですか?
清野: 川を見ている女の人でしたね。
正楽: もう夏に近いから、「夏」の絵ですよ。屋形船と花火とかね。
清野: でも、それを瞬時に切っていきますからね。すごいですよ。
「何でも切る」という姿勢は僕の実況スタンスにも近い。
家で練習とか、試し切りはされるんですか?
正楽: 試し切りはしないですね。注文が出るまではしないんですよ。怠け者ですから。で、注文が出たら「やっぱりそういうのが出るんだな」ということで「まあ、こんなもんかな」みたいな感じで切ってね。昨日も「できちゃった婚」ってお題が出ましたから(笑)
清野: 師匠は三代目でいらっしゃるんですが、初代や二代目の正楽は、注文があってもうまくはぐらかしたりして断ったりすることもあったらしいんですけど、三代目の正楽師匠はいっさい注文は断らないんだと聞きました。それも僕のスタンスに近いというか、僕も注文があったら何でも実況するというスタイルでやってますんで。
正楽: 人によっては寄席にふさわしくないようなバカなお題を出すのもいるんですけどね。それを切らないと「切れないんだろ」って言われるから。うちの師匠によく言われたのは、悲惨な事件とか事故とかをお題で出す客がいるとしても、それを悲惨じゃないように切ればいい、と。
それはすごく大事な姿勢ですよね。プロとしてお題は切るけど、「もっと違うところから物事を見る」という視点で切り返すという。深い話ですね。
清野: プロレスラーが「八百長だ!」って言われたときに凄みを見せる姿勢に近いといいますかね。
ちなみに、清野さんは中学時代から友達のプロレスごっこの実況をしたりするくらい「実況」そのものが好きだったという経歴がありますけど、師匠が紙切り芸に魅了されたきっかけというのは?
正楽: 僕は東京生まれですけど、少年時代から寄席が好きだったんですよ。当時はいろんな町内会でお祭りがあって、芸人たちが呼ばれて出し物をしてて、それを見るのも好きでしたね。あとはラジオやテレビの演芸中継。紙切りも寄席でずっと見てましたけど、これをやりたいと思ったのは高校を卒業してから。ほかの社会があまりにもつまんなかったからね。それで二代目の正楽師匠に弟子入りしました。
いろんな芸事があるなかで紙切りを選ばれたのは、子供の頃から手先が器用だったから?
正楽: しゃべるのが苦手だったからね(笑)。紙切りはしゃべらないし。
清野: 新宿末廣亭で二代目正楽の紙切りを見たときに「これだ!」と思われたそうですね。
正楽: そうです。それまでも紙切りは見てたけど、あのとき師匠を見て、「俺はこれをやるんだ」って決めて、すぐに師匠に連絡して。まだ初代が亡くなってすぐで、師匠は「小正楽」を名乗ってましたね。で、入門してそのままずっと今までやってるんです。
清野: 「弟子はとらないけど、切り方は教えてやる」というお話だったそうですね。
教え方というのはどんな感じなんですか?
正楽: 師匠が見本を一枚切ってくれるんですよ。「これとおなじように切れるまでやって」って。切り方とかは教えてくれない。寄席でだいたいは見てるけど、ハサミも紙も「こういうのを使えばいい」とかも教えてくれないから。僕もそういうの聞く人じゃないから、自分に合ったハサミや紙を探してね。だから、師匠とは使うハサミも紙もぜんぜん違う。芸って全部そうだけど、師匠とおなじようにやる必要はなくて、その人の生まれつきとか感性とかあるじゃないですか。それを出すのがいちばんいいんですよ。わざと自分と違うようにする必要はない。清野さんみたいにしゃべるのがうまい人は、しゃべりながら紙切ったっていいわけでしょ。あんまりしゃべんないでゆっくり切る人がいてもいいと思うし。
清野さんも古舘伊知郎さんに憧れて実況の道を志したわけですけど、「こういう言葉を使えばいい」という教則があるわけじゃないですからね。
清野: そうですね。まあ、何回も聞いて「こんな感じかな」というのをつかんでいきましたね。
正楽: その過程で自分が出ますからね。子供の頃からの自分が全部自然に入るんですよ。「こうしよう」じゃなくて自然に出ちゃうものが、その人の芸になるんです。
紙切り芸って、お客さんが今何に興味を持ってるかわかるんです。
当日の共演は、師匠が紙切りをされる様子を清野さんが実況するということでいいんですか?
清野: ひとつはそう考えてますね。ただ、それだけだと一回はいいんですけど、何回もやると飽きる気がして。なので、お客さんにお題を出していただいて、師匠は紙を切り、僕は師匠が切ってる様子を絡めつつも、そのお題に沿った架空実況をしようかなとか。あと、僕がネタでやってる実況芸に師匠の紙切りを当てはめていくという、逆のパターンをやってみようかなと思ってます。僕がよくやっているビートルズの『アビー・ロード』というネタ、メンバーがあの横断歩道を渡るのを実況するので、それを師匠に事前にお伝えして、師匠に切っておいていただいた切り絵を僕のしゃべりに合わせてスクリーンに上映しようかなと。
すごい。ちょうど今年、『アビー・ロード』の50周年記念盤が出ますからね。
清野: そうなんですよ。しかも、今回のイベントと同じ季節。1969年の8月8日にあの写真は撮られているんです。
正楽: そんなに暑くなかったんですかね?
清野: ああ、確かに。彼ら長袖着てますね。
正楽: だって、裸足で歩いたら暑いでしょ?(笑)
たぶん、ロンドンも東京も今よりは涼しかったのでは?(笑)。しかし、師匠がビートルズを切られるとは貴重な。
正楽: 結構ね、寄席でも「ビートルズ」ってお題は出るんですよ。年に2、3回は出ます。結構長いこと出てます。「ローリング・ストーンズ」ってお題は出ないね(笑)
どういうビートルズを切るんですか?
正楽: メンバー4人で演奏してるところを。時間がかかります(笑)
清野: そうですよね。今回もいろんなビートルズを切っていただくんですけど、最後の横断歩道を歩いてるところは師匠にマストでお願いしてます。
僕は仕事が音楽関係が多いので、ミュージシャンやバンドを師匠が紙切りでやられることがあるという話は興奮します。
正楽: いやー、たまにありますね。最近は「クイーン」ね。去年の12月からは「クイーン」「ボヘミアン・ラプソディ」ってお題はよく出ますね(笑)。「フレディ・マーキュリー」とかね。紙切りのときは三味線のお師匠さんがついてくれて、注文によって伴奏が変わるんですけど、だんだんこのごろは若い弾き手が増えてきたから、クイーンみたいな曲でも三味線で弾いちゃうんですよ。だから、前座に太鼓を「ドンドン、カーン」って叩かせてさ、お客さんもノッてきて手拍子して「ウィー・ウィル・ロック・ユー」(笑)。だから、紙切りって退屈しないんですよ。
ネタがお客さんの出す注文によってどんどんアップデートされていくんですもんね。
正楽: そうです。だから、お客さんが今どういうことに興味を持ってるかがすごくわかります。
それは清野さんの実況についても言えることですよね。時代ごとのつれづれを意識してないといけない。
清野: そうですね。
正楽: 古典落語をやる人でも、新しいことに興味がある人がしゃべるのと、ぜんぜん興味ない人がしゃべるのではぜんぜん違うんですよ。気持ちのなかにそういうことがある人は、噺のなかにそういう要素は入れなくても、伝わり方が変わる。何でも興味がある人が絶対おもしろいんですよ。
2019年8月10日 東京都渋谷区 ホテルエクセレント恵比寿にて収録
司会・構成/松永良平
Photo by横井洋司
林家正楽(紙切り芸)
1948年東京都生まれ。高校卒業後に1966年に二代目林家正楽に入門。2000年に三代目林家正楽を襲名する。お客さんからの要望に応じた紙切りを瞬時に完成させる、寄席の紙切り芸の第一人者として50年以上も活躍している。その技はイギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズの目の前でも披露され、本人たちを驚愕させたほどである。