清野さんのことは格闘技中継で一方的に知ってました
お二人が知り合ったきっかけは?
清野茂樹: 2016年に、六代目神田伯山さん(当時は神田松之丞)と僕が一緒にイベントをやったんですよ。〈10・6プロレスx講談の夕べ〉というタイトルで。
この実況イベントの前段にあたるものでしたよね。
清野: そうですね。ただそのときは僕の興行ではなく伯山さんに呼んでいただくかたちだったんです。でも、いまと同じような感じで実況と講談を一緒に聞かせるというイベントでした。その日に寺田さんがお客さんとしていらっしゃっていたというのが最初です。
寺田克也: そうなんです。あれは楽しかったですね。あのときは、実況と講談の融合というより、お互いの芸を出し合うみたいな感じで受け止めてました。
実況アナとしての清野さんのことはご存知でした?
寺田: もちろん。格闘技中継とかで知ってましたので。
その後に、こういうイベントを始められたことも?
寺田: 知ってました。でも、今回あらためて全部アーカイブを見せていただいたんですが、まあ「何でもあり」なんだなということはわかりました。
清野: このイベントをご存じだったんですか。それはびっくりです。
今回の出演に関してのオファーは清野さんから?
寺田: 突然でしたね。「清野です」とメッセンジャーで。
清野: はい、連絡をとりました。寺田さんがライブドローイングをされているということは知っていたんですが、この自粛期間中に、漫画家の浦沢直樹さんがギターを弾いている横で寺田さんが絵を描くというイベントの動画を見まして。「あ、こんなこともされてるんだ」と思ったし、「こういう無茶なことも結構つきあってくれる人なんだろうな」というふうにピンときたんです。それで「興味ありますか?」とオファーしました。
そうなんですね。では、ちゃんと連絡を取り合ったこともそれが初めて?
寺田: そうなんです。私は一方的に格闘技中継とかで知ってました。それでメッセンジャーでそのお話をいただいて、「一度お話ししましょうよ」ということで新宿の喫茶店で会いましたね。そのときに清野さんは浦沢さんのイベントの話もされたんですが、「あれは全然コラボじゃなくて、浦沢さんがギターを弾いてる横でオレが勝手に絵を描いてただけですよ」という話もしました(笑)
清野: 「え? そうなんですか?」って感じでした。
寺田: でも、人前でライブでラクガキをするイベントをロフトプラスワンでもう4回くらいやっていて、そこではトークをしながら描くみたいなことを毎回やってるので、今回のオファーもその延長線上にあるのかなという気はしたんです。そのドローイングを清野さんの実況とどう絡めるかは、自分でもちょっと興味深いと思いましたね。
なるほど。ではオファーはいきなりだったけど、飲み込める内容ではあったんですね。
寺田: そうですね。まあ、わりとおもしろがりなので、(オファーが)きたらやってみよう、というところです。
清野: 普通は、しっかりしたキャリアがある方はディフェンスも堅いという傾向があるじゃないですか。失敗したり、恥をかきたくないという思いもあるでしょう。よくわけもわからないし怪我をするかもしれない試合には選手なら出たくないじゃないですか。寺田さんはそこの防御があんまりなくて、「前向きです」というお返事をいただいたんです。新宿でお会いした時点で、すでにiPadをお持ちで「どんなことができますかね?」みたいなことを話しながら実際にペンを走らせてイラストをお描きになったんです。僕がそれに合わせて実況したらいいかも、という話になって、「いけそうだ、じゃあやりましょう!」となりましたね。
寺田: まあ、やってみなくちゃわかんないですからね。それに信頼関係という意味でいえば、こっちは一方的だったとはいえ、清野さんの実況を好きで見てますから、仕事への信頼感はありましたし。打ち合わせでこっちが描きながら清野さんに実況してもらうというのを実際にやってみれば、なんとなくつかめるのかなと思ったんです。
清野: 僕もお会いしたときに強調したんですけどね。「これは寺田さんにはあんまりメリットがないかもしれないイベントですよ」と(笑)。「それでもいいんですか?」と念押ししたら、「おもしろそうだからいいんですよ」と応えてくださって、非常に心強かったですね。
寺田: まあ、メリットはそんなに考えて生きてないですから。
清野: いいですね、そういうところ。これだけのキャリアをお持ちで先輩なのに、恐縮です。
寺田: こちらは先輩という印象がないんですが(笑)。よろしくお願いしたいというところです。

猪木さんのイズム直撃世代なんです
そもそも寺田さんは格闘技がお好きなんですよね。
寺田: そうですね。ひっそりとですけどね。最近は会場になかなか行けないですけど、一時期は熱心に通ってました。テレビでやってると見ちゃうし、そうすると清野さんが実況でいる、みたいな。清野さんは格闘技の実況はいつからやってるんですか?
清野: 僕は2006年からです。
寺田: いちばん最初は何でした?
清野: 格闘技の実況一発目は、いまはなき横浜文化体育館でMARSというイベントでした。あれが僕の格闘技実況デビュー戦です。のちのUFCのチャンピオンにもなった、あのエディ・アルバレスも初来日はMARSだったんです。
寺田: えー!
清野: あのイベントはわりと早くになくなりましたけど。
寺田: あの頃はまだ格闘技界の状況が混沌としていましたもんね。
清野: (K-1とかPRIDEの)格闘技バブルがまだ残っていたんですよね。PRIDEがうまく立ち行かなくなり、アメリカではUFCがドーンと人気が出てきた時期でしたけど、MARSがそうだったようにお金を持ったスポンサーが格闘技イベントに参入したりもしていたんです。
寺田: 格闘技界はそういうことが起こりやすい業界でしたよね。アブダビコンバットとかもそうでしたもんね。
そのあたりのお話聞くだけでも寺田さんの格闘技への熱が伝わりますね。
寺田: もう(ファン歴が)長いんですよ。
清野: 寺田さんは僕よりちょうど10歳上で、まさにアントニオ猪木さんがやっていた異種格闘技路線の直撃世代なんですよね。
寺田: そうなんですよ。
清野: やっぱり「プロレスが最強の格闘技だ」と言っていた猪木さんの影響がありますか。
寺田: そうですね。「誰の挑戦でも受ける」とか。やっぱりそういうイズムだし、そこは人生でも大事なところですよ!
清野: いまはプロレスより格闘技のほうにご興味が移ってるようですけど、原点をたどっていくとやっぱり猪木さんなんですよね。
寺田: そうですね。われわれはそういうことになります。猪木さんや梶原一騎の著作物を通じてリアルタイムでそういうものを見てきて格闘プロレス観を養ってしまった人間で、ある種の「沼育ち」なので、しょうがないですよね。
清野: そもそも4年前に、プロレスと講談のイベントに来てくださったこと自体が、そういうのが好きな人なんですよ。あの日は作家の夢枕獏さんもゲストでいらっしゃってたし、獏さんの著作にも絵をお描きになってますしね。
寺田: そうですね。獏さんとは僕が20代からのつきあいなので、もう長いですね。あのイベントも獏さんつながりで行ったのかもしれない。獏さんを中心とした格闘技周りの人たちが集まって、海外の格闘技ビデオを見るという〈格闘裏ビデオ会〉というのもありました(笑)。
清野: それはすごい!
寺田: 参加者は男しかいないんですけど、みんなで男の裸を延々と見るというね(笑)

実況イベントで東京ドームを目指さないと
さて当日は、どのような対決になるんでしょう? 寺田さんがドローイングされていくさまを清野さんが実況していくだけなのか、それとも実況が乱入して絵の内容も変えてしまうのか。
寺田: そこらへんはあんまり予測しないようにしてます。なすがままで。あんまり下準備しちゃうとつまんないと思うので、失敗するか成功するか、どちらかしかないほうがいいですよね。
清野: 普通に考えて、絵を描くスピードよりしゃべるスピードのほうが速いですからね。描いているところを実況で追いかけるだけじゃなく、あえて回り道をしたり、そのうちにペンのほうが言葉に並んだり、追い越す瞬間もあるかもしれない。
想像もつかないですが、これまでも想像もつかないことが現実になってきたイベントですしね。
清野: ただ、これを求めてる人がどれくらいいるのかという心配もありますけどね(笑)
寺田: いやいや、いますよ。
清野: 本当ですか?
寺田: 自分が求めてるものは、世界に3人以上は他にも求めてる人がいますね。
清野: ということは、会場には6人くらいしか来ない?
寺田: いやいや、そこからまた広がっていくんですよ。その3人の先にはまたそれぞれ3人ずついるんじゃないですかね。実況を核にして、いろんなものとつながっていくというのは他にはないものだし、これは清野さんがやっていくべきことじゃないんでしょうか。
清野: そうですかー。
寺田: やがては東京ドームでしょ? 流れとしてはやっぱりドームを目指さないと。それまでのゲストは全員そこに出て。
清野: なるほど。では、その道を目指していきたいと思います(笑)
寺田: 一回「市民権」を得たら、そこからみんなついてきますからね。そこを目指しましょう。大丈夫ですよ。
清野: しかし、本当に新しいことをやろうとしてる寺田さんの姿勢は素敵だと思います。
寺田: ありがとうございます。自分だけでは新しいものってなかなか生み出せなくなっていくものですからね。
清野: ぼくも2019年には5回もこのイベントをやったのに、今年はゼロで消化不良で終わるというのはイヤだったんで、一回でいいからやりたいという思いはありました。なので、これで来年にうまくつなげていきたいです。
寺田: 失敗しないようにがんばります。
当日の寺田さんの作品が楽しみです。
清野: お客さんにその場でプレゼントみたいなのはできます?
寺田: iPadでやるのでその場でプリントするのは難しいんですが、来ていただいたお客さんにデータとしてダウンロードしていただくことはできるかも。
清野: いいですね! 前にクラムボンのミトさんと作曲と実況で対決した時も、そのパターンでお客さんに音源プレゼントをやったんですよ。
寺田: まあ、ラクガキですけどね。方法は考えましょう。
では、最後にお互いに抱負というか、殺し文句というかありましたら。
清野: コロナウイルスに振り回されて、もやもやしてるかたも多いと思うので、ぜひスカッとしにきてほしいと思います。もしかしたらもやもやが増して帰るかもしれませんが(笑)
寺田: まあ、対戦ですからやっぱり相手を叩き潰すコメントも残しておきたいですけど、このふたりで楽しんでコロナを叩き潰したいと思います!

2020年11月18日 オンラインにて収録
司会・構成/松永良平

寺田克也(マンガ家・イラストレーター)
1963年岡山県生まれ。マンガ、イラスト、挿絵のほかにアニメやゲームのキャラクターデザインなど幅広く国内外で活動中。また、古くからの熱心な格闘技ファン。柳澤健の著書「1984年のUWF」「2000年の桜庭和志」の表紙絵は多くの読者に強烈な印象を与えた。近年は個展活動にも積極的で、ライブドローイングも多く披露している。
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