実況芸

SESSION 1

春風亭一之輔清野茂樹

まずはふたりのなれそめから

春風亭一之輔(以下一之輔) そもそも最初に清野さんとお会いしたきっかけは何でしたっけ? 清野さんの番組『真夜中のハーリー&レイス』(ラジオ日本)ですかね?

清野茂樹(以下清野): いや、最初は、師匠が日曜朝にやっているラジオ番組『SUNDAY FLICKERS』(JFN系列)に、僕が電話で出演したんです。『真夜中のハーリー&レイス 大人のプロレス入門』が出たときですから、2012年ですか。約5年前ですよ。

一之輔: そうでしたね。〈一之輔のそこがしりたい〉というコーナーにゲスト出演していただいて。でも、僕はもうそのとき清野さんのこと知ってました。

清野: 僕の本をお持ちでしたよね。びっくりしました。

一之輔: それ以前にも一度『真夜中のハーリー&レイス』に出演のオファーをいただいたことがあるんですよ。そのときは予定があってダメだったんです。で、その電話出演があって、ちゃんとお会いしたのはTBSラジオでしたね。2016年の大晦日に、僕が堀尾正明さんの代打でパーソナリティを務めたことがあって、そこにゲストで来ていただいたんです。

清野: そうだ。「イッテンヨン」について話したんだ。

新日本プロレス新春恒例の東京ドーム大会について、ということですね。

清野: その大晦日の生放送で、「清野さん、来年はどういうことやっていきたいんですか?」って聞かれて、「普通のプロレス実況はやり尽くした感もあるので、もうちょっと広げたい。それには対象物がない状態での実況というのをやってみたいですね」という話をしました。そしたら「もしかしたら、それは演芸にも近いことかもしれない。何か一緒にやりませんか?」というやりとりがあったと思うんです。そこはね、生放送ですから、師匠も「ぜひやりましょう」って答えるしかないですよね(笑)

一之輔: 「やろうやろう」って言いましたね(笑)

そこから始まった企画だったんですね。具体的にはどのあたりで動き始めたんですか?

清野: 去年の夏ぐらいに、師匠がトリを務められてた新宿の末廣亭に行って、高座が終わったあとで一緒に飲んだんですよ。ただ、その夜もこの企画の具体的な話にはならず。僕も師匠の落語を見た直後だから、「寄席のトリってどうやって決まるんですか?」みたいな話に終始して。

一之輔: 僕もプロレスの話を聞いたりね。

でも、その夜に、いわゆる“バイブスの調整”が行われたわけですね。

一之輔: バイブスの調整!(笑)

清野: そうかもしれないですね! 大相撲でいう“仕切り”ですね。呼吸を合わせる時間。「まだ違う、まだ立たない」みたいな。それで、そのあとにメールで正式にお願いしたと思います。

その時点で、清野さんは「一之輔さんの落語を実況しよう」という案をすでに決めていたんですか?

清野: 何か一緒にやろうとは思っていて、それで大晦日のやりとりがあってたことを思い出して。あのとき師匠は「うん」って言ってたから、無下に断られることはないだろうと思ってオファーしたんです。ただ、これって身分不相応な話なんです。だって、僕は無名のフリーアナウンサーで、一方の師匠は年間900席くらい落語をやられてる方なんですよ。

す、すごいですね。

一之輔: 何か変わったことができるんなら、ぼくは基本的に(オファーは)断わんないんです。

清野: ぼくもそんなにビジョンがはっきり見えていたわけではないんです。ただ、一昨年に二ツ目の立川吉笑さんと一回、講談の神田松之丞さんと一回、僕の実況とのイベントはやったことはあって。

一之輔: そのときは、いわゆるコラボレーションではなく、それぞれの舞台ということでやったんですよね?

清野: はい。要は“対バン”形式でした。でも今度、一之輔師匠とやるときはそれぞれの芸をやる“対バン”にプラスして、「せっかくですから何か一緒にやりませんか?」という意味での“セッション”を持ちかけたんです。そしたら「ああ、いいですよ」というご返事をいただいて。師匠は断らないんですね、やっぱり。

一之輔: 失敗なのか成功なのかは、やってみてからわかることですからね。

清野: 今回は、そのセッションを提案したというのがチャレンジでした。新宿の喫茶店で打ち合わせしたときに聞いた記憶があるんです。「高座で誰かと一緒に上がったことはあるんですか?」って。そしたら「ない」というご返事だったので、「じゃあ、一緒に上がりましょう」って言ったんです。

一之輔: 他の芸種の人とふたりで一緒に高座に上がって何かやる、っていうのは、ないですね。

Photo by キッチンミノル

落語と実況の違いは何だろう

今回、その禁を破るというか、その気になった理由は?

一之輔: うーん。落語って、ひとりでできちゃうものじゃないですか。実況とコラボするなんて、ひょっとしてすごく野暮なことかもしれませんけどね。でも、そんなこと言ってたら何もできないから。それで広がることもあるし、楽しそうじゃないですか。

「清野さんとならおもしろいことができる」と認める部分もあったんですね。

一之輔: そうですね。やっぱりおしゃべりする人って、頭から口に言葉が出てくるまで、すごくいろんなものが見えてないといけないじゃないですか。実況する人ってすごいと思うんですよ。すべて情報も頭に入っているし。スポーツの実況をする人って、落語家のしゃべりとはまるで機能が違う。おしゃべりするとか、舌が回るとか、そういう意味では一緒かもしれないけど、見えてるものを瞬時にお客さんに伝えるっていう力は、すごく尊敬してるところがあります。そういう人と一緒に何かできるっていうのは、自分の芸の幅も広がるかもしれないし。まあ、広がんなくても別にいいんですけどね。ちょっとおもしろそうだなと思うんですよ。

清野: 僕は落語家の方には、絶対に話術でかなわないなと思うんですよ。一番は、逃げ場がないところでやってるということですね。落語家はひとりで高座の上で逃げられないじゃないですか。僕らアナウンサーは“画”に逃げられるんですよ。

一之輔: でも、落語には、自分が全部掌握しているという快感はありますね。自分がやめちゃったら噺は終わりだし、ウケたら自分の手柄だし。一回ウケちゃったらやめらんないところがありますね。

清野: プロレスのリングみたいなものですよね。

一之輔: こないだのクリス・ジェリコ(2018年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会に登場したカナダ人レスラー)みたいなことできたら、そりゃもうやめられないですよね。

清野: みんな言いますけど、「リングの上は本当に麻薬だ」って言葉があるんですよ。注目される、喝采を浴びる、あの気持ちよさ。でも快楽もあり、怖さもあり、落語の高座も、その両方だと思いますけどね。

一之輔: 怖さもありますけどね。

清野: 怖い目に遭ったことあります?

一之輔: 若いときには、絶句とかありましたよ。言葉が出てこなくて頭が真っ白になっちゃう。あと、苦手意識のある噺とかもあるんですよ。一回絶句した噺は苦手意識ができちゃって、次におなじ噺をかけたときに、その場面が近づいてくるとだんだん鼓動が速まって、案の定、失敗した、みたいなね。そういうのは実況でもあるんですか?

清野: 苦手な発音っていうのは、ありますね。具体的に言うと「タ行」があんまり好きじゃないんです。「タ・チ・ツ・テ・ト」はなるべく避けて通りたいですね。

違う言い回しにしたりとか。

清野: そうですね。でも、有名なアナウンスをまるまるコピーして言うことがあるんですよ。たとえば、アントニオ猪木対ハルク・ホーガン戦の古舘伊知郎さんの実況で「おっと危ない、背後からアックスボンバー!そして額を鉄柱に打ち付けてしまった猪木!」という、この「ウチツケテシマッタ」が言いにくい(笑)。でも、これはオリジナルの完コピで言いたいから、そう言わなくちゃいけないですよね。

一之輔: 清野さんにとって師匠というか、自分の中でのお手本みたいな人はいるんですか?

清野: 古舘さんですね。古舘さんの実況は何度も聞いて、ノートに書き起こして、それを復唱して。

一之輔: でも、それを仕事で使うわけじゃないですよね?

清野: 使うことはあります。「ここはまんまオリジナルを歌う。ここから先はカバーです」という感じのことがよくあります。松之丞さんとやった会のときは、さっきも言った猪木とホーガンの試合、つまり猪木さんが舌を出して失神したという伝説の試合を実況芸としてやりました。試合の部分はまるまる古舘さんの実況のコピーをするんですが、テレビ中継にない部分、「猪木が舌を出して動かない。ゴングが鳴って試合が終了する。担架に乗せられて救急車で病院に搬送される」という場面は古舘さんはしゃべってないので、僕が実況するんです。オリジナルと自分のカバーを混ぜてやる。そこでベースとしての古舘さんのコピーをするというのは大事だし、僕自身の節回しとか調子も古舘さんがベースになっているんです。

一之輔: 古舘さんに会ったことはないんですか?

清野: ずいぶん前にはあります。この仕事をする前でしたけど。相当に影響を受けてます。古舘さんのトークライブ『トーキングブルース』にも毎回行ってましたし。実況の仕事って、プロレスの試合でも何でも普通にしゃべって伝えていたらオーライなわけなんですけど、やっぱりそれだけじゃ飽き足らずに、今回も一之輔師匠に「何かしませんか?」と誘ったりしちゃう。それは言うなれば「余計なこと」なんですけど、そういうことをしたがるのは、やっぱり古舘さんの影響だと思います。古舘さんを見ていたからだし、古舘さんは猪木さんを見ていたから影響を受けたんだとも思うんです。やっぱり常に「対世間」というか、「プロレスという小さなコップの中だけじゃなくて世間にどう仕掛けるか?」じゃないですか。タイガー・ジェット・シンが新宿伊勢丹前で猪木さんを襲撃する、とか。あれを実況の世界でやったのが古舘さんだったと思うんです。すごくうらやましいと思うのは、落語家の方って、直接教わる師匠がいるじゃないですか。ぼくは古舘さんには影響を受けたけど、本当の意味での師匠はいないんですよ。

一之輔: まあ、拠りどころというか、師匠がいるからやっていけてるんだなというのはありますね。誰かに「おまえ、ダメだな」って言われても、うちの師匠は「いい」って言ってくれてる、みたいなね。逆にうちの師匠が「ダメ」って言うようなことはできないです。

もしかしたら実況が噺を変えるかも

師匠と弟子という意味では、古典落語の世界にも、師匠から噺を聞いて覚える「口移し」という伝統がありますよね。

一之輔: そうですね。あれも完全に一字一句覚えて、それを師匠に聞いてもらって、直してもらって。高座に最初にかけるときは一字一句違わずにやる。かけてくうちにだんだん変わっていくんですよ。「この言い回しよりこっちのほうが自分には合ってるかな」とか、「ここの間はもうちょい詰めたほうがいいんじゃないか」とか。僕は、机の上で考えるというよりは、お客さんの前でじっさいにしゃべってて変えてく感じですね。お客さんの反応がこっちがいいから変えてみるとか、そういうのをちょっとずつ探ってく。だから、反応のいいお客さんを前にしたときにグーンと針が振れる感じです。先人から受け継いできたものを今まで以上に笑ってもらえるようにする、というのは、すごくおこがましいような作業ではあるんですけど、それをやらないとやってる意味はないですから。ただのコピーじゃなくて、そこに自分に色というか、持ってるものが乗せられるから意味があるんですよ。

清野: 落語の世界にも保守派と革新派ってあるわけですよね?

一之輔: 考え方の違いはあるとは思いますね。

清野: 一之輔師匠もどちらかと言えば、新しいことをやろうという考えですよね。

一之輔: そうかもしれませんね。でもね、落語って結構おおらかなところがあって、「おれは古典落語をちゃんとやってくよ」っていう人でも、新しいことしてる人に対してはすごくおおらかですよ。「なんでもいいんだよ、落語って」ってところがある。極端な新作やったり、座布団持って暴れたりするような人の高座を、横からバリバリの本格派の古典の師匠が笑いながら見てたりする。そういうのを嫌がらないんです。

清野: 結局、本物になると、そうなるんですよ。プロレスでいうと、藤原喜明さんなんかもそうで、「お客にウケりゃ何でもいいんだよ」って言うんです。藤原さんはカール・ゴッチの愛弟子で、関節技の鬼、ストロングスタイル、ってイメージがあるけど、じつはすごく柔軟。そういうのに近いんでしょうね。

一之輔: プレイヤー、舞台に立つ人って、結構そうなるんですよ。「お客さんが湧いてるんだったら、それで正解」って思ってる。

清野: 「何でもあり」っていうことなら、プロレスと落語は近いですよ。実況もね、「何でもあり」という部分はありますからね。対象物が何でもいいという意味で。

ただ、筋書きのないドラマに対して行われるのが実況だとしたら、落語は筋書きがあるわけなので、むしろ今回の組み合わせは逆ですよね。そこもおもしろいと思ってますけど。

清野: たしかにそうですね。ちなみに、セッションするネタは師匠が得意にしている『初天神』なんです。その世界を僕が実況します。

一之輔: 落語の噺の舞台って、縁日にお参りに行って、親子関係で、周りはどういう状況で、とかって、僕の頭の中にしかないものだから、そこに清野さんが考えたこととかをバッと差し込んでもらえると、「ああ、そうか、そういう見方もあんのか」って思う。そういう楽しさはありますよね。落語やりながら、何か声が聞こえてくる、みたいな状況って、ないですから。ひょっとしたら、その実況が筋書きを作り変えていく、とかね(笑)

清野: まさにそれはセッションですね! マイルス・デイヴィスみたいなことをやろうとしてる。

現場でセッションなんだし、プロレス的に反則攻撃もあり、ですよね。

一之輔: あり、ですよね。あったほうがおもしろいですよ。

今回、この舞台を目撃した人たちが「あんときのあれ、すごくおもしろかったんだよ」ってうわさにしてゆく、そういう伝説の成り立ち方もありますからね。

清野: 伝説の試合みたいな、ね。

一之輔: 「変なことやってらあ」みたいな反応でもいいですしね。

清野: 「いまいちよくわからなかった」みたいなのもあるかも(笑)

一之輔: 「不穏試合」でお蔵入りとか(笑)。お互いに記憶から消した、みたいな。

前田日明対アンドレ・ザ・ジャイアント戦(1986年4月29日に三重県津市体育館で行われた伝説の無効試合)みたいな(笑)

一之輔: そのときは、下北沢が津になりますね。

清野: ねえ、しもきたDAWNが津市体育館になるかも。

いやあ、本当にこれはすごい試みなんじゃないですか?

清野: そう思うんですよ! うまくいけば、ね(笑)

一之輔: うまくいけば、アハハハハハ。

2018年1月12日 東京都渋谷区 Cafe La Bohemeにて収録

司会・構成/松永良平

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