唸りの声の迫力を聞いて、「これはすごいな」と!
実況アナウンサー、清野茂樹さんの異種話芸との対戦シリーズも5回目です。今回は浪曲師の玉川太福さんがお相手なんですが、そもそものきっかけは?
清野茂樹(以下清野): 坂本頼光さんからのご紹介なんです。
じゃあ、それまでは面識は?
清野: なかったです。お名前は知ってましたけど。それで、去年、太福さんの出演されるイベントを見に行ったんです。
玉川太福(以下太福): 春風亭昇々さんたち落語家さん3人とやってる創作ネタおろしのイベント「ソーゾーシー」(2018年7月9日に赤坂RED THEATERで開催/出演は春風亭昇々、瀧川鯉八、玉川太福、立川吉笑)に、どうやら来ていただいたらしいんです。もちろん私は清野さんが見えていたことは知らなくて。
清野: 僕も恥ずかしながら浪曲は見たことがなかったので、まずは見ないと始まらないということで見に行ったんです。
太福さんはいつも新作の浪曲が多いんですか?
太福: いや、ネタの数でいえば古典のほうが多いんですけど、噺家さんとかとやるときは、聞きに来てくださるのは笑いを求めておられる方が多いですしね。私も、もともとはどっちかというと笑えるほうの浪曲がやりたいと思ってこの世界に飛び込んだクチ何ですけど、古典だと落語に負けないくらい笑わせられる話は私の持ちネタではまだそんなにないので、笑いを競う舞台ではかなりの確率で新作をかけてます。
清野さんは、太福さんの浪曲はいかがでした?
清野: いや、すごかったですよ。その日、僕から見て創作として面白かった方がひとり、パフォーマンスとしてすごかった方がひとりいらしたんです。パフォーマンスとしてはいちばんよかったのが太福さん。最後に出演されたんですけど、「これは素晴らしいな、ぜひご一緒したい」と思いました。ですけど、そこからオファーするまではしばらく間が空きます。
え? そのときは、ごあいさつとかは?
太福: してないですよね。
そうなんですか!
太福: まあ、清野さんに見ていただいたときは、パフォーマンスとしてはいちばんよかったけど、話の内容としては四番目だったのかなと(笑)
清野: いやいやいやいや(笑)。でも、パフォーマンスはとにかくよかった。
太福: あの日、私のギアは別に変わらなかったんですけど、ネタおろしってどんな会でも緊張感やライヴ感がより高まるものなんですよ。まして四人会とかだと出る順番でも違ってくる。あの日も出演順を決めたのは当日ですからね。出たとこ勝負というか予測がつかない状態なので、いつも以上に当たって砕けろという強い気持ちが私は出るんですよ。そのときも、そういう感じが強かったかもしれない。
清野: とにかく、まず声の迫力がすごかったですね。(声が)大きいし、伝わる度合いがいちばんでした。やってる人間の声が伝える芸として「これはすごいな」と思いましたね。
ということは、プロレス的にいえば「いつか対戦するぞ」と思っている意中の相手の試合を見に来て、「相手は声がすごい」と確認して帰ったような感じですね。
清野: これは絶対僕は太刀打ちできないと思いました。
太福: やっぱり浪曲師は声で商売してますからね。浪曲が落語に声で負けたらおかしい話なので。
それで、試合が実現するまで1年くらいインターバルを置いたんですか? 修行したとか?
太福: 山に行って、谷に叫び、声を鍛えたとかね(笑)
清野: いやいや、違うんですよ。僕の興味がそのあと音楽のほうに向いてしまって…。
太福: どういうことですか! 挑むどころか全然ケツを向けてるじゃないですか!(笑)
清野: でも、ラップ、作曲と、音楽を相手にすることで見えてくる部分もあるじゃないですか。
太福: あ、そうか。浪曲は三味線も入るし、半分は音楽ですからね。浪曲に向き合うために、いったん音楽を相手に修行してきたっていう理解にしますかね。
清野: そうしてください!(笑)でも、僕的にもこの順番はすごくよかった。頼光さんの活弁のあとがラップで言葉の修行じゃないですか。そして、その次は言葉のない音楽である作曲に行った。そして浪曲。いま思えばすごくいい順序ですよね。
2年半前から清野さんの挑戦を待ち構えていたんです
なるほど。ここまでの流れは太福さんと戦うための準備だったわけですか。
玉川: 私も1年間待ってましたので(笑)
清野: いやいや、太福さんは僕のアイデアは知らなかったでしょ?(笑)
太福: でも、頼光さんから「つないでよろしいですか?」というメールが来た時には、清野さんのお名前はもちろん知ってました。というのも、格闘技に携わっていて「中川原屋」の屋号で演芸のプロデューサーなどもやられれている若林太郎さんという方と打ち合わせをしていたときに「今日これからイベントに行ってゴングを叩くんですよ」と伺って。それが神田松之丞さんと清野さんの二人会(2016年10月6日に文京シビック小ホールで開催)だったんです。それで僕は清野茂樹さんという実況の方がいるという認識はしてました。
清野: その会は2年半くらい前ですかね。
太福: だから、私のほうは清野さんを思って、じつは清野さんより前からずっと待ち構えていたんです(笑)
ということは、太福さんとしては清野さんからオファーが来ることは知っていたぞ、みたいな。
太福: はい。なのでオファーが来たら、それはもう「喜んで」と返事しました。ただ、イベントの内容についても丁寧なメールをいただいたんですけど、コラボみたいなことができるのかどうかについてはちょっと不安で、「会ってお話しましょう」という返事にした記憶があります。
清野: そうでしたね。(太福は)わりと慎重な対応だなと思いました。僕なんかはいつもなんでも安請け合いしちゃうほうなので(笑)
太福: いや、コラボっていっても、実況と浪曲でなにをするかわかんないから。
清野: そこはジャイアント馬場的なんですよね。(太福は馬場とおなじ)新潟のご出身ですから。
太福: 体はでかいけど臆病なんですよ。
清野: 石橋を叩いて渡る。いや、石橋を叩いてもなかなか渡らない(笑)。まさにジャイアント馬場ですねえ。
でも、振り返ってみれば確かにこれまでの清野さんのイベントで実現してきた4回のコラボも「よく成立したな」と思うような奇跡はありましたよね。
太福: 非常にスリリングなことをやられてますよね。
清野: 相手の方の理解あってこそですけどね。
太福: でも逆にいえば、我々もアドリブを入れたり、目の前のお客さんに合わせてネタを選んだりする即興性が高い部分はあるんですが、基本的には浪曲は台本があるんですよ。ネタおろしっていったって、自分で作って練習してきたネタをやるわけですから。(清野は)即興のスペシャリストというか、即興しかしてないですよね? それがすごいと思います。
清野: 僕はそういう自覚はあんまりないんですよ。逆に「練習してきたものを本番で出す」ということは、ものすごく緊張します。
太福: そこが逆なんですよね。
清野: このイベントでも僕のソロコーナーでは、事前に用意してきたネタをやるんですけど、いまだに怖いです。
太福: それも慣れですよ。一回作ったネタをどんどんやってく機会が多いと定着していくんでしょうけど。
ちなみに、太福さんの新作浪曲は何度もやっていくうちに慣れてくるというか、どんどんかたちも変化していくものなんでしょうか?
太福: そうですね。今回コラボをしようとしてる私の新作が「地べたの二人」っていうシリーズの話なんですね。二人の男が出てきて会話しながらなにも起こらないっていう、浪曲のドラマチックさの対極にあるようなことをドラマチックに唸るというやつなんですけど、非常にシンプルな話なんで、ずっと台本通りにやってると自分もお客さんも飽きちゃうと思うんですよ。だから、やりこんでるネタほど必ずアドリブを入れるようにしないと自分もやってて楽しくないし、生々しさが出ないというのはありますね。
浪曲に乗せられて実況も唸りだすかも
そういう意味では第1回で実現した清野さんと春風亭一之輔さんとのコラボ(演目は『ファンタジー号失踪の理由』)のときに近いですかね?
太福: いやいや、私はアドリブを入れるっていっても二人の会話のなかで即興で普段はない引き出しを開け合うみたいなことなので、そうじゃなくて銭湯に行くはずだったのが清野さんの実況によってバッティングセンターに行くことになりました、なんてことになったらどうなるのか、非常に不安ですね。
清野: ぜひ、不安になってもらいたいですね! でも、このコラボは毎回本当にスリリングで、演者が不安になるときほどお客さんが喜ぶんですよ。前回のミトさんは、作曲の途中で過呼吸になるくらい追い詰められてました。
太福: えー、すごい! しかも、ちゃんとできあがった曲は拍手喝采の仕上がりなんですよね。
清野: そうなんですよ。制限時間を示すカウンターの残り1秒で「できた!」って声が上がったときの盛り上がりたるや、すごかったですよ。
太福: やばいですね! じつはずっと早くにできてたんじゃないですか?(笑)
清野: そこは疑いたくなりますよね(笑)。でも、じつはその残り時間を示すカウンターはミトさんにはいっさい見えてなかったんです。
太福: えー! ますます、すごい! そこは浪曲だとどうなるんでしょうね。浪曲は、落語的なオチというより、きれいにまとまったところで物語を「まずはこれまで」となるパターンと、引っ張って引っ張ってこれからどうなるのかって気持ちが盛り上がったときに「ちょうど時間となりました」と締めるとドーン!って湧くパターンとがあるんですけどね。今回はそこに清野さんの実況が割り込んでくることによって「ちょうど時間になったかと思いきや、まだ話は続いておりまして」みたいになるのか。
浪曲の三味線や唸り、こぶしみたいなものが清野さんの実況にどう影響を及ぼすのかも興味深いです。
清野: そうなんですよ。
太福: こっちがしゃべってるところには実況は乗らないわけですけど、「〽︎んんんん~」とうなって伸ばしてるところだったら入れますからね。そこにキュッと入ってくるのはありですね。三味線も実況の対象になるかもしれないし。清野さんがしゃべってるところでは私は黙るけど、三味線(曲師:伊丹明)は入ってもらうつもりなので、そこに対しては清野さんのやりやすさとやりづらさがそれぞれあると思いますよ。
清野: それは初めての体験なので楽しみですよ。二者のコラボと思いきや、じつはもうひとり相手がいらっしゃる。
太福: 実況だけするはずが、三味線に乗せられて清野さんも唸りだすんじゃないかと思いますよ。今後、格闘技の実況とかでも盛り上がったところで唸ってくれるんじゃないかと。わははははは。
清野: とにかく毎回が試行錯誤なので。
太福: 毎回新しいことに飛び込んで、ってやつですもんね。
ね。一回成功したから次もこのパターンで、っていう繰り返しが効かない。
清野: 毎回しんどいですよ。なんでこんなしんどいことやってるんでしょう? 誰にも頼まれてないのに(笑)。でも、オファーに乗っかっていただくのは毎回ありがたいです。相手方にもあんまりメリットはないはずなのに。
そこはどうなんでしょう? 太福さんにとってこのコラボのメリットとは?
太福: ありますよ。テレビで清野さんが実況されているのを見ても本当にすごいと思いますし、清野さんは私の浪曲を見てくれてますけど、私は実際に生ではまだ見てないので、その化学反応がたのしみです。一緒にやる方の影響をすごく受けたいと思ってるので。
毎回見えるお客さんもいらっしゃるんでしょうか?
清野: わからないですね。アンケートも取ってないし。
そういうところを清野さんが楽しんでるフシもありますよね。ホストでありながら、じつは舞台に出ると毎回アウェーという。
清野: そういう雰囲気はありますね。不思議な感じですよね。
太福: そこに飛び込んで行ってるというのが面白いですよね。
清野: でも、普通の二人会では見られないものがある気がするんですよ。
太福: 開けてみなけりゃわからない。でも、私のお客さんなら何度も見てる「地べたの二人」がこんなふうになっちゃうんだという体験を持ち帰ってもらいたいし。
そうですよね。この組み合わせ、じつはかなり長い期間をかけて仕込まれていたんですから。
清野: ストーリー的には始まっていたのは、1年以上前ですからね。
最後にあらためて意気込みなどをひとことずついただけますか?
太福: ぶっ殺してやるぞ!(笑)
清野: おかしいな、ジャイアント馬場はそんなこと言わないはずなんだけどなあ(笑)
2019年5月23日 東京都新宿区 珈琲貴族にて収録
司会・構成/松永良平
Photo by 御堂義乗
玉川太福(浪曲師)
1979年新潟県生まれ。2007年に二代目玉川福太郎に入門し、初舞台。2013年に名披露目すると、2017年には文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞を受賞。年間50を超える独演会を開催し、「天保水滸伝」「清水次郎長伝」など古典の名作を継承する一方で、新作も積極的に取り組んでいる、今最も注目の浪曲師である。日本浪曲協会理事。