実況芸

SESSION 3

SKY-|HI清野茂樹

OKをもらったのはまさかまさかでした

まずはフリーの実況アナウンサーである清野茂樹さんが続けられているこの企画がどういうものかを初めてご来場された方のために説明します。1回目が落語家の春風亭一之輔さん、2回目が活動弁士の坂本頼光さん。要するに、観客に向けてライブの話芸で活動している方々とコラボしたりされてきたわけです。今回がその3回目で、お相手はラッパーのSKY-HIさん。

清野茂樹(以下清野): そうですね。言葉のプロであり、しかも異業種のプロの方と実況を表現したいという企画です。過去2回やって、次はラップの方とやりたいというのは早いうちから思っていたんです。とはいいつつ、そもそもラッパーとそんなに接点がないんですよ。

SKY-HI: またまたぁ。サイプレス上野さんとかとあるじゃないですか(笑)

清野: あ、ありました。上野さんくらいです(笑)

SKY-HIさん、よくご存じで(笑)

清野: 確かにそこは接点ありますけど、SKY-HIさんとも5年前に一度、仕事を通じた接点があったんです。お忙しい方だし、絶対に難しいだろうと思ったんですが、そこを素通りするのは礼儀に反してるだろうと。一度当たってみて、断られて、じゃあ他を当たります、ということであればいいけど、初めからスルーするのはよくない。そう思って、交渉したんです。それが8月くらいでした。

なるほど。

清野: そしたら、まさかまさかの「OKです」という返事をいただいて、そこから話が始まったんです。

SKY-HI: 単純に「おもしろそうだな」と思ったんです。それにこういう試みって成否の振れ幅がでかそうじゃないですか。つまんなくもなりそうだし、おもしろくもなりそう。だから、他のラッパーがやってつまんないものになるということがイヤだったのかもしれないですね。だったら、俺がやってみたいなと。

「これはおもしろいな」に賭ける人生

清野さんとは5年前に仕事を通じた接点があったということですが、主にプロレスの実況アナであることはちゃんと認識もされていたんですか?

SKY-HI: もちろんです。ヒップホップってなぜかプロレスと近いんですよ。上野さんを筆頭に先輩方がプロレスファンが多かったりするので、その余波もあって清野さんのことは知っていました。

清野: その最初の接点というのは5年前だってさっき言いましたけど、SKY-HIさんがライブで登場するときのSEとして実況が使われ、そこに僕が起用されたんです。

SKY-HI: その年のa-nationや夏フェスで、名前にちなんでミル・マスカラスの入場曲であるジグソーの「スカイ・ハイ」をかけて出る、というイメージをしていたんです。だったら本当に実況アナの実況が入っていたほうがいいと思ったので、そのときは俺のほうがダメ元なつもりでお願いしました。そしたら、受けていただけたんです(笑)

清野: 「SKY-HIが今、入ってきてマイクを取るのか? いや、まだ取らない!」みたいな実況をやった記憶があります。

SKY-HI: 「金属バットを持った。どっかから飛んできた白球をホームランにした!」みたいな、トンデモな感じでオーダーしたことでも、ちゃんとそのままやっていただけて。しかも、こっちが意図してた、すごいくだらないことを超マジメにやってるみたいなおもしろさをまさに実現していただけて、大爆笑でした(笑)

ということは、一度だけとはいえ、かなりがっちりした接点じゃないですか。

清野: でも、そのときは直接お会いしてないんですよ。なので、SKY-HIさんご自身とは今回まで会ったことはなかったんです。そういえば、OKの連絡をいただいたときに、たまたま僕は渋谷駅の地下街を歩いていたんですが、壁の広告が全部、AAAのドーム・ツアーの告知だったんですよ。

SKY-HI: そのタイミングだったんですね(笑)

清野: 「うわあ、これは大変なことになったな」と、事の重大さをあらためて実感しました。でも、僕が企画してるこの小規模なイベントと巨大な規模のドームツアーとを同時にやれるフットワークの軽さにもびっくりしました。

SKY-HI: 人生は時間が限られてますからね。もちろん今の段階から来年の戦略を短期・長期的に考えたりしますけど、それと同時に、メリットやデメリットを考える以上におもしろいことをできるかどうかも大事なんですよ。要は、幸せな日を1日でも多く作りたい。それに今回の依頼は、ラッパーとして引き受けてるのも当然なんですけど、音楽家として引き受けたのは、清野さんとの言葉のやりとりの延長線上に何か見たことも聞いたこともない世界が見えるんじゃないかと思ったからなんです。「これはおもしろいな」と思えるものができそうな気がする、というポイントに賭けるほうが人生としては大事なので、今回のお誘いをいただいて本当にうれしかったですね。

5年前の実感もあって、清野さんとならおもしろくできそうだと思ったから引き受けたという面も、ありますよね。

SKY-HI: 清野さんは、ギャグ・センスがすごいんですよ。ワード・センスと言い換えたほうが正しいんでしょうけど、あえてギャグ・センスと言いたい。やっぱり人が笑うタイミングってツッコミじゃないですか。入場に実況入れていただいたときも、ボケに乗るかたちのツッコミだったんですけど、全部を「なんでやねん」で済まさずに、たとえば「どこがダースベイダーやねん」とか「どこでダークフォースに落ちたんや、おまえは」みたいなことを言える。そういうワード・センスとか間とか発声のパワーとか、今何が起きているのかを実況していておもしろかったし、おもしろい人とやると自分も得するじゃないですか(笑)

清野: いやあ、ありがたいですね。SKY-HIさんのラップは、すごく人気もあるうえに実力もあるというのがすごいんですよ。それに、ストリートでいきなりラップを始める映像とか、ニコニコ生放送に出演されて、書き込まれたコメントを使ってフリースタイルしていく様子とか、広く柔軟に活動されているところがすごく素敵なんですよ。僕の土俵に上がっていただくのに、こんなぴったりな方はちょっと他にはいないんじゃないかなと思ってます。

東京都庭園美術館での実況芸

普通のフリースタイルよりはるかにハードルが高い

落語、活弁ときて、話のテンポ感とか言葉を瞬時につかみとるセンスという意味では、ラップは一番実況に近い気がします。

清野: 僕もそんな気はするんです。フリースタイルって、どういう仕組みでやってるのか、気になりますし。

SKY-HI: (実況と)一緒だと思うんですよ。たぶん、起こってることを実況されてるときって、考えてることとしゃべってることは違うじゃないですか。ピアニストが演奏するときにちょっと先の譜面を見てて、実際には今見てないすこし前のパートを弾いてるのと一緒で、ラッパーがこの先に何を言うのか考えながら今、口をついて出ることを言う、みたいな脳の思考回路とほぼ一緒なんですよ。実況の方は「もう少しでこういうことが起こるかもしれない」みたいなことを考えながら、しゃべってる。ラッパーの場合は「ここで韻を踏もう」とか、音楽的なフロウとか止めとか跳ねを考えて「あ、これでいこう」とかはありますけど、脳のポケットに何を入れるかの違いだけで、前頭葉とか海馬の使い方は実況と酷似してるんだろうと思います。

瞬間的に判断していくということですもんね。あと、「こうなると思ってたけど、こうならなかった」みたいなことが起きるのも実況ならではですよね。

清野: そうですね。だから、当日のコラボでは、うまくいかないところが結構おもしろかったりするんでしょうね。

SKY-HI: そういう言葉の事故って本当におもしろいですよね。それでいくとフリースタイル自体が事故みたいなところもあるんですよ。即興でラップを誰かが始めるということがすでに日常生活の中では事故なので。

清野: 実況とラップが近いという関係を実際に共同作業で実験していくことって、まだそんなにやられてないと思うんですよ。古舘伊知郎さんはラッパーのSALUさんとのコラボでラップのシングル「MAKE MY BRAND」を先日配信リリースされてましたけど、だったら僕はもっと踏み込んだものをライブで、かつフリースタイルでやろうと思ったし、SKY-HIさんとならそれができると僕は確信してます。

SKY-HI: 普通のフリースタイルやるよりは、はるかにハードルが高いですけど、がんばってみたいですね。最近はフリースタイルに焦点を当てたオファーって断ることが多いんです。なぜかというと俺は音楽を作るほうに背骨があるから。ただ、今回はラッパーとしてのフリースタイルの仕事の依頼が来たというよりは、ラッパーである俺のところにおもしろくなりそうな企画をいただいて、そこにフリースタイルを持っていくというほうの考え方ですね。

清野: 確かに、ラッパーの方にとってフリースタイルの扱い方は今ちょっとセンシティブなところはありますね。

SKY-HI: ちょっとフリースタイル・ブームが肥大化してしまったところもありますしね。だから、逆にいうと、バトル以外のフリースタイルの楽しみ方が広がるといいなと思ってます。清野さんの実況って、いったらフリースタイルじゃないですか。だから、他のジャンルの即興芸とのボーダーがなくなっていったらいいなと思うし、最終的には、ラップ・ミュージックと音楽シーンのボーダーもなくなっていくといいな。今回の企画にはそういう希望も感じてますね。

しかし、これは本当に当日どんなことが起きるのか、楽しみです。

清野: いろんな人に「SKY-HIとやるんなら、もっと大きい箱がいいんじゃないの?」って言われましたけどね。なにしろキャパはたったの100人ちょっとですから(笑)

でも、その100人は本当に歴史の目撃者になれるかもしれませんよ。

SKY-HI: 大きいところで取ろうとする笑いや言葉の使い方とぜんぜん変わってきますからね。届き方も違うし。

清野: 当日はお互いのソロもやりつつ、コラボレーションを2回やる予定なんですが、勝った負けたではなく、両方ともに輝くところが引き出せれば。

清野さんの実況からフレーズを取って、フリースタイルしていったりもするでしょうし。

清野: 逆に僕がラップをもとに実況をしていくとかね。

SKY-HI: なかなか刺激的な試みなんですよ。フリースタイルをやるときって、エモーションとかパッションが前面に出るからおもしろいし、普通の楽曲とは違うものが成立するんですけど、今回の清野さんとのコラボは、いかに冷静になれるかなんですよ。これをフリースタイルでやるっていうのは、ちょっと自分でも想像つかない。でも、「想像がつかない」がどんどんなくなっていけば、また新しい「想像がつかない」がきっと生まれるから、そうやって生きていきたいですね。そのための第一歩です。おっきいですね!(笑)

最近、音楽業界のある大先輩の方に「すべての新しいことは少数の人たちから始まる」と言っていただいて、確かにそうかもしれないと思っていたところなんです。最初は「?」と思われていたことをやっていたのに、のちに天下を獲っていたというケースは少なくないですから。

清野: (SKY-HIは)もう天下を獲ってるじゃないですか!(笑)

SKY-HI: いやいや、ラップの世界は群雄割拠なんで、これから俺は天下獲らないといけないです。そういう意味では、音楽シーン全体で見られたときの俺と、ラップ・シーンの中での俺の位置付けには、まだギャップはあるかもしれないですね。

清野: でも、やっぱり上の人がやらないことをやっていかなきゃいけないですよね。僕も古舘さんは超えたいですしね。

SKY-HI: そうですよね!

清野: 敬意を持った上で、超えたいです。今回の試みをきっかけにラッパーと実況の融合という話芸の流れができるかもしれないし。

SKY-HI: もちろん、ラップ・ミュージックとしてのかっこいいラップが、ワールド・スタンダードとして広がるといいなという気持ちもあるんですけど、そのいっぽうで、ラッパーがみんな音楽をやんなきゃいけないわけでもないんですよね。バトルしか見てなくて曲を作ってないラッパーとかは、わりと非難の対象になってしまうんですけど、その人の趣味趣向自体には罪はないじゃないですか。だから、ラッパーを志して今はバトルとか出てるけど、実況に才能を見出してアナウンサーになるやつが出てきてもいいと思ってますし。そういえば、僕が小学生の頃はまだサッカーのゲームに実況がついてなかったんですよ。なので僕はそのゲームに対して実況をやってたんですよ。

清野: えー!

SKY-HI: それがもう友達にバカウケで、その頃の将来の夢のひとつに「サッカーの実況をやりたい」というのはありました。今回「やりたい」と思った深層心理にそれはあったかもしれないですね。

清野: 今のお話を聞いても、ぴったりのお相手が見つかったという心境ですし、当日が楽しみでしかたないですね。

清野さん、この対談開始前は、僕に「モハメド・アリ対アントニオ猪木戦の猪木の心境です」って言ってたじゃないですか(笑)

清野: 今ふうに言うと、フロイド・メイウェザー対那須川天心です(笑)

SKY-HI: (爆笑)

清野: よくまあ、こんなリスクもあるところに出てくださって、本当にありがたいです。まあ、もしめちゃめちゃつまらないことになったとしても、目撃者は100人ということで、被害は最小限で済みますので(笑)

2018年12月5日 東京都港区エイベックスビルにて収録

司会・構成/松永良平

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